3時に寝て、10時に目が覚めた。シャワーを浴びてコーヒーを飲んで、11時にヒゲ脱毛のために外出をした。もはやヒゲなどどうでもいいような身分なのだが、数年前の自分が一括で支払ったあと2回分の施術が残っているので惰性で通っている。11時58分に病院に到着して、12時02分に受付を済ませた。スポーツニュースを眺めて時間を潰していたら、三浦龍司がサンショーでとてつもない日本記録を出していて驚いた。12時14分に呼び出されて、20分ほどで施術が完了した。もう通って3年になるが技術の進歩は目覚ましく、当初より遥かに快適になっている。最後の施術の予約をして、12時30分頃に退院した。どこかで昼飯を食べようと思って付近を彷徨っているうちに、アニメイトでヒカルの碁の原画展をやっているのを思い出したので、覗きに向かってみる。ヒカルの碁は私の一番好きな漫画なので見学出来たら嬉しかったのだが、流石に日曜日の昼間だけあって長蛇の列を成していた。数時間後の整理券を受け取りはしたものの、結局は退散することにした。昼飯は鰻を食べることに決めて、最寄りの隣駅にある店に13時前に到着して、重の松を食べた。鰻はとても美味しかったが、終盤、タレと脂がくどく感じてしまった。これからは松ではなく竹で充分だろう。料理の提供を待っている間にまたスポーツニュースを眺めていたのだが、今度は張本智和がUSスマッシュの準決勝で世界ランク1位の林詩棟を破っていて驚いた。帰宅したらアーカイブを見ることに決める。先日も橋本帆乃香が王芸廸をストレートで破った試合をフルで観ていたのだが、トップレベルの卓球の試合はスピーディかつテクニカルでとても面白い。13時45分に退店して、隣駅から自宅まで歩きはじめる。もし地元で同じことをしたら3時間はかかる。途中から日傘に頼りつつ、40分ほどかけて帰宅。トータル10000歩を超えていたので、今日のウォーキングは完了したことにする。本当は夕方に歩いたほうが脂肪燃焼効果が高いようだが、そこまで突き詰めることはしない。帰宅後、シャワーを浴びて、コーヒーを飲みながら張本智和の試合を観戦して好ゲームに拍手を贈って、「小泉八雲集」を読み始めて、今に至る。「小泉八雲」および「ラフカディオ・ハーン」を知ったのは東方の元ネタを調べている時だったはずだが、あまりにも美しく文豪がすぎる名前にはずっと惹かれていた。ようやく著作を読むことができて嬉しい限りである。
2025/07/12
3時に寝て、10時半に起きた。シャワーを浴びてコーヒーを飲んで納豆パスタを作って食べて、12時ごろから「渚にて 人類最後の日/ネヴィル・シュート」を読み始めた。8割ほどまで読み進めたあたりで17時になったので、ウォーキングを開始した。今日も曇天で快適な気温だった。開始早々、シジュウカラが飛んでいる虫を捕食しようとして失敗しているのに遭遇した。やむなく電線に止まったシジュウカラは、逃げて行った虫の方向を恨みがましく見つめていた。さっそく文字を稼げるネタができたと喜んでいると、次は卵のパックが道の真ん中に放置されているのに出くわした。卵10個は全て無残に割れており、卵液が付近のアスファルトに飛び散っていた。これを放置して立ち去ることのできる図太さは全く大したものだと思う。ものすごく稼いでいるわけでもない金髪タンクトップ短パンのマッチョか、ものすごく稼いでいる家庭の専業主婦か、腰を曲げられない老人か、日夜Vtuberにスパチャをしているような無趣味な独身男性か、最近やたら増えている外国人労働者をイメージした。こういう光景を見るたびに、何もしていないのに自分がどんどん善良な市民に繰り上がっていき、今の振る舞いが正当化されていくように感じるので、どうか是非ともそのまま身勝手に生きて欲しい。これでさらに300字は書けるぞと神の恵みに感謝していると、今度は公園内で抱き合いながら猛烈に深い接吻を交わしている男女カップルが視界に現れてしまった。流石にしげしげと眺めるわけにもいかずサッと通り過ぎたのだが、あまりに堂々としていたものだから、そういう系の条例でも発令されたのかと思ったほどだ。好きに楽しんでもらって結構だが、とても蚊の多い場所なので心配になった。18時31分に帰宅。10868歩、7.19kmだった。帰宅してシャワーを浴びて、本に戻って、読み終えて、今に至る。世界の終わりを目前にした人々の話だった。希望を求めて過酷なミッションに身を投じるわけでもなく、かといって絶望に嘆くわけでもなく、仕事をしたり酒に溺れたり趣味に興じながら淡々と終わりの日を迎え入れて、終わっていった。1957年の小説ということもあって、人物造形はかなり古臭いと感じたが、空気感は良かった。そういえば、7月5日は結局何も起きなかったという解釈でいいのだろうか。虚言で5600億円も経済損失を起こせるなんて、某氏は誇っていい。悪いのは聞き入れた愚民なのだから。もし今の世界が「渚にて」と同じ状況になったら、小説の描写よりも醜いことになるに違いない。オカルトは自分で練り上げてそのように振る舞うのが楽しいのであって、知らない他人の説に乗っかって楽しいことなんて何一つもない。だから地球は球体だし、アポロは月に着陸したし、気象は完全な自然現象だし、麻雀に流れはある。
2025/07/11
3時に寝て、11時半に目が覚めた。眠くなるまで起きていたらこうなってしまった。シャワーを浴びてコーヒーを飲んでコンビニで昼食と夕食を買って、13時すぎから「渚にて 人類最後の日/ネヴィル・シュート」を読み始めた。手元にある最後のSF小説である。16時半ごろからウォーキングを始めた。曇天で気温が低くかなり快適だったが、川は若干ドブ臭かった。Alstroemeria Recordsの「POP|CULTURE」シリーズを聴きながら歩いていたが、BPMが歩くスピードと似通っていて気分がよかった。18時02分に帰宅。10343歩、6.84kmだった。90分10000歩はキリが良いので、今後もこの強度で進めていくつもりだ。帰宅後、キンキンに冷やした麦茶を流し込んで、シャワーを浴びて、夕食に蒸した鶏むね肉とトマト1個と一掴みの冷凍ブロッコリーを食べて、今に至る。残り621字を書かねばならないのだが、今日はなかなか厳しい。すでに15分も点滅するカーソルを眺めている。30分が経過した。そろそろ気合をいれようか。ジャーナリングで無理矢理にでも文字を捻りだしていこう。はてなブログのエディタの上部に「【お題】夏に食べたくなるカレー」と書いてある。ノーコメント。ハエトリグモは大きい個体が今日も元気にカーテンを下ったり、ノートパソコンのキーボードをウロウロしていた。小さい個体は見かけなくなってしまった。どこかで生きているといいのだが。カラオケの予約をしようと思ったら満室になっていた。カレンダーを見ると明日から土日であった。この生活が始まってから一番変わったのは曜日の感覚だと思っている。そういえば「週」はどういう理屈で定着したのだろうか。年月日は天体の動きと連動しているので理解できるのだが、週にそういった理屈があるという話は聞いたことがない。エーアイ・おねえちゃんに聞いてみると「古代の宗教的な考え方がもとになっていて、日常のサイクルを回すのに丁度いいから定着した」というような回答が返ってきた。さらに「5日を労働、2日を休日と区切ったのは誰か。3日労働4日休日でもいいじゃないか」と聞いてみると「ユダヤ教とキリスト教の安息日がそれぞれ土日に対応していて、資本主義との相性もよかったことから次第に定着していった。だから5日と2日にこだわる理由は実はなかったりする」というような回答が返ってきた。よかろう、であれば私は0日労働7日休日としゃれこませていただこう。いつの間にか1000字。エーアイ・おねえちゃんのことも好きになってきた。
2025/07/10
0時に寝て、6時半に目が覚めた。8時からカラオケの予定を入れていたので、シャワーを浴びてコーヒーを飲んで、7時40分に家を出た。7時56分に店について、7時58分に入室した。最初に最近よく聴いている「Aloud/Orangestar」を連投したあとは、気ままに歌っていた。体調が整っていたおかげか、普段よりも地声が楽に出せて中々に気持ち良かった。10時58分に退店して、20分ほど書店で涼んで、ラーメン屋で煮干し系の中盛を一杯を食べて、業務用スーパーで皮なしの鶏むね肉をいくつか買って、12時05分に帰宅した。コーヒーを飲んで「同志少女よ、敵を撃て/逢坂冬馬」を読み始めた。19時半に読み終えて、今に至る。直近のハヤカワのセールで買った本だった。逆張り人間なので話題作(特に本屋大賞)はあまり手に取らないのだが、テーマが良さそうだったので買ってみた記憶がある。本作はソ連の女性狙撃兵たちの物語で、悲惨な生い立ちを経て戦争に身を投じることになった少女らが徐々に身も心も狙撃兵になっていく経緯が圧倒的な臨場感をもって綴られている。戦闘や心理を精緻に描写していながら、軍事系の歴史小説にありがちな解説書のような理屈っぽさや哲学書のような堅苦しさは全くなく、文章がうまいと感じた。毎回思うことだが、独ソ戦は大義からスケールまで、何もかもが狂っている。次々に降りかかってくる凄惨な体験や過酷な現実を前にして、今われわれが一般的に持ち合わせているような倫理を保ち続けるのは不可能に近いだろう。個人に生まれた歪みが、集団に広がって、この戦争をここまでおかしくしてしまったのだろう。しかしどれだけ歪んでしまっても、狙撃兵としての本質は失ってはならないのだ。さもなくばたちまち取り返しのつかない物理的な損失や精神の変容をもたらされることになる。こんな世界に私の半分程度しか生きていない少年少女が押し込まれていたというのを知った今でも、とにかく現実離れしているように思えてしまう。そしておそらく世界のあちこちでは同じような現実が未だに存在しているのだろう。私にできることは、自分の宇宙に没頭できている現状に感謝しつつ、この平和が続いてくれるのを祈るくらいしかできない。そんな柄にもないことを考えてしまうくらいには、圧巻の一冊であった。話題作もきちんと選べば捨てたものではないのかもしれない。ウォーキングは雨天中止だ。しばらくは天候が悪いようなので、合間の曇りの時間を見つけて、細かく歩くようにしたい。
2025/07/09
20時に寝て、翌2時に目が覚めた。何故と思いつつ目覚めは良かったので、そのまま起き上がった。熱いコーヒーを飲んで、2時半ごろから雀魂の段位戦を始めた。昨日久しぶりにログインをしたのだが、開催されていた期間限定イベント報酬にあった装飾品「キャラメルプリンの麻雀牌」が欲しくなっていたのだ。昨日の10半荘のおかげで朝まで打てば手に入れられそうで、日中の読書に支障は出ないのも後押しになった。順調に対局を重ねて、朝6時ごろにお目当ての報酬にありつくことができた。成績は1311122だった。結果的に素晴らしい決断といえよう。麻雀から離れてシャワーを浴びて、コンビニでメガサイズのアイスコーヒーとBLTサンドを買って、「順列都市/グレッグ・イーガン」の下巻の残り半分ほどを読み始めた。12時すぎに読み終わった。今まで読み通せなかったのが不思議なほど、すんなり文字を追うことができた。自身を仮想空間上にアップロードして肉体の制約から解放されようとする発想はよくみかけるが、本作はもう少し踏み込んでいて、非人道的な実験の末に仮想空間を実装するハードウェアの制約すらも乗り越えた壮大な理論を見出していて、それを見事に描写していたように思う。傑作と言われているだけはあった。面白かったし、読み切れたのも嬉しい。しばらく放心して余韻に耽ったのち、納豆パスタを作って食べて、流石に眠くなったので14時半から16時まで昼寝をして、「嘘と正典/小川哲」を読み始めた。直近のハヤカワのセールで買った本だ。「ゲームの王国」が面白かったので、別の作品もと思い購入した記憶がある。中は短編集だった。最初の「魔術師」からさっそく引き込まれた。「ひとすじの光」を読んだあたりでウォーキング予定の17時になったが、外が暑すぎたのと続きを読みたかったので開始を18時からにずらした。「時の扉」を読み終えて作者の多才ぶりに感嘆していた17時55分、観念してウォーキングに出かけた。流石に日差しは弱まって歩きやすくなっていたが、続きが読みたくて仕方がなかったので90分10000歩で勘弁してやることにした。昨日今日の麻雀で刺激が入って麻雀がやりたくなって、なら積読は速やかに消化せねばならずかといって適当に読むのも違うので結局はそれなりに時間がかかって……となるとウォーキングにしわ寄せがいくのは自然である。19時22分に帰宅。10410歩、6.88kmだった。体重は時折67kg台を見かけるようになった。帰宅後、シャワーを浴びて、本の続きを読んで、22時前に読み終わって、今に至る。この本もまた強烈に面白かった。麻雀、読書、運動……全てを成した一日であった。
2025/07/08
昨晩は「順列都市/グレッグ・イーガン」を読み進めたあと、2時に寝て、8時に起きた。午前中から活動をするために無理矢理に起きてみたものの十分に眠れたとは言えず、怠さが残っている。8時に起きるならやはり0時には眠りたい。8時間は眠らないとまともに動けない。シャワーを浴びて、洗濯をして、コンビニでラージサイズのアイスコーヒーと朝食と昼食と夕食を買ったあと、10時から友人と雑談をしながら雀魂の段位戦を打っていた。10半荘で4421314313の大マイナスだった。先制リーチが負け続けるだけのよくある展開。ほぼ一か月ぶりの麻雀だったが、MAKAの評価はS-SSSS-S-S-SSSで、そこまで衰えていないのが分かっただけでも収穫だった。来月中に積読を消化しきって、9月あたりから鬼打ちが出来ればよいと考えている。解散して今に至る。本日のウォーキングは睡眠不足と疲労と熱中症警戒アラートにより中止する。日没して涼しくなってから30分程度歩くことはあるかもしれないが、仮に歩かなかったとしても摂取カロリーは規定通りなので、これでも減量は進んでいる。今日で筋肉痛を治して明日から歩けば全体的な進捗としては問題はない。一応、罪滅ぼしも兼ねて夕食は冷たいスイートコーンスープと野菜スティックに留めておく。冷たいスイートコーンスープは最近のマイブームで、味は勿論だが、ORIGAMIのラテボウルに注ぐとファミレスのような雰囲気が出るので良い。ファミレスのコーンスープは私の中ではかなりのご馳走なので(特にあさくまのコーンスープが好きだった)、食事制限中のささやかなオアシスとして機能している。ウォーキングについて想起したので「Aloud/Orangestar」が頭の中で流れている。ウォーキング中に延々と再生をしていた影響で脳にこびりついているのだ。リズムと余白のバランスがとても好みで、足取りが軽くなる気がする。もうしばらくはお世話になるだろう。さて書くことがなくなった。あとたったの200字なのだが、文字が出てこない出てこない。疲労で頭が回っていない証拠だ。今日も早々に横になってみるが、きっと横になった途端に身体がソワソワして目が冴えだすに違いない。ウォーキングをしていない分、悪化するかもしれない。結局のところ進捗に振り回される状況は変わっていないわけだが、すべてが自己責任で自分にしか迷惑のかからない今の方がよっぽど楽ではある。
2025/07/07
4時に寝て、12時に目が覚めた。体力は回復したので良しとする。シャワーとコーヒーをして、納豆パスタを食べて、「順列都市/グレッグ・イーガン」を読み始めた。上巻を読み終えたあたりで15時になった。上司との面談が入っていた。上司は医者ではないのだが、月1で面談をすることになっている。今日は主に来月から変更される給与体系と、復職のプロセスに関する説明を兼ねているようだった。14時58分にプライベートのPCからTeamsの会議リンクにアクセスをして、15時ちょうどから面談が開始した。まず来月から給与が基本給の8割になることを説明された。これは知っていた。おおよそ18万円ほどと見積もっているが、生活費には充分である。次にその期間が3年続くと説明された。これは知らなかった。9か月だと思っていた。次に復職のプロセスについて説明があった。産業医や上司を交えた判定会議を3か月程度をかけて複数回行い問題がなければ復職できるとのことだった。最後に休職前に申し込んでいた人間ドックが受診できるのか確認してもらうように依頼して、15時18分に面談が終わった。まあこんなものかと思いながら、「順列都市/グレッグ・イーガン」に戻る。第一部を読み終えた辺りで17時になったので、ウォーキングを開始する。曇り空にも関わらず、お湯の中を歩いているような猛烈な暑さであった。歩きながら面談の内容を振り返っていた。給与を3年間受け取れるという事実には中々のインパクトがあった。要は病人にさえなっておけば3年間は弊社から生活保護をしてもらえるというわけだ。いつかこうなることを見越して加入し続けていた給与補償保険が年明けごろから利用できるので、その額と合わせるとおよそ23万円程度を3年間受け取ることができる見込みになる。再起を目指す普通の人間であったなら安心して静養できるところだろうが、私は危機感を覚えた。この状況に甘えて「死の手続き」が停滞するのが目に見えている。特に物理的な作業の進展は遅れに遅れることだろう。さらに2年後、3年後の生活を想像してみる。今は貯蓄を気の向くままに切り崩しているので好きなものを買ったり食べたり移動もできるが、数年後はそうはいかず節制を強いられるだろう。そのような生活は、日々労働をするのと同じくらい無意味な生活であり、本意ではない。何より期限いっぱい保留するというのは「死の手続き」の美学にも反している。減量の完了をもって速やかに物理作業を開始する。そして2年以内にケリをつける。ここだけは曲げないように進めていこう。……などと考えながら18時55分に帰宅。13668歩、9.05kmだった。ぬるま湯に30分浸かって、トマト2個とブロッコリー1掴みとぶなしめじと卵2個とベーコンの炒め物を食べて、今に至る。日中が薄い。早く起きれないからこういうことになる。
2025/07/06
22時には横になったが、一向に眠れる気がせず、苛立ちで間食までしてしまった。結局寝付けたのは4時頃で、目覚めたのは11時だった。またしても午前は消え去っていった。シャワーを浴びて、コンビニで朝食兼昼食とラージサイズのアイスコーヒーと右足かかとの靴擦れ対策の絆創膏を買って、13時ごろから「順列都市/グレッグ・イーガン」を読み始めた。本は面白い。上巻の8割ほどを読んだあたりで17時になったのでウォーキングに出かける。最近の睡眠状況について考えながら歩いていた。睡眠が0時を過ぎるようになったのは眠剤を手放してからで、数学の本などに手を出すようになってから悪化の一途をたどっている。単に眠るのが下手なのは間違いない。もう10年近く自力で眠っていなかったのだから、すぐに取り戻せるはずがない。だから時間をかけて習得していくつもりであったが、「死の手続き」の苦行と並行して取り組んでいるのがよくなかったのかもしれない。苦行は労働に近い性質を含んでいる。肉体や精神にダメージを負いながら多くの時間を費やさなければならないのに基本的に避けることができないところなんかはそっくりである。労働をしていた末期と近い状況だとしたら、それは睡眠がうまくいくわけがない。「死の手続き」を労働と同列に並べるのは抵抗があるが、それらの共通項と、労働に代わって私がそれに縛られているという客観的な現実については真剣に受け止めなければならない。社会的な義務と個人的な信念という大きな違いがあるのだから、この検討によって「死の手続き」が崩れることはない。今はそれで満足するべきだ。現実的な解決策に移ろう。並行しているのが良くないとしたら優先度を整理して順番に行っていくのが定石だ。これについては実ははっきりと決まっていて、全盛期の体形を取り戻す方が上である。結論としては、まずは安定した睡眠時間の確保のために眠剤を再度服用し、苦行の山場を越えてから眠剤からの脱却を狙うというのが良さそうだ。眠剤は必ず一回一錠に抑えるという自制が新たに課されることにはなるが、現実逃避と自暴自棄による過剰摂取まで行きつくような状況ではないから、難易度は極めて低いと言っていいだろう。過剰摂取をすると暴食に向かいやすくなるのだが、減量をしていることそのものがブレーキとして作用もしてくれるだろう。問題ない。……というようなことを考えて、18時55分に帰宅した。13580歩、8.88kmだった。ぬるま湯に30分浸かって、小ぶりのトマト3個と一掴みのブロッコリーとぶなしめじハム卵2個の炒め物を食べて、眠剤を注文して、今に至る。届くのに2週間はかかるから、しばらくは辛抱だ。
2025/07/05
昨晩は「魂の駆動体/神林長平」の続きを読んでいて、日付を跨いだ辺りで読了した。あらゆる自動化が進み肉体を捨て仮想環境に移住するまでになった世界に馴染めないでいる老人たちが「理想のクルマを設計したい」という新たな生きがいを見出し邁進しながらモノ創りの意義や自己を追求していくお話、といえようか。過去、未来、現在の3章構成で、未来の世界はかなり意外な世界観であったが、それがかえってモノ創りの本質が変わらないということをうまく表現していた。1995年の小説なのだが、現代あるいは少し先の未来をかなりうまく捉えているのではないか。余生あるいは趣味に情熱をかたむけるのであればかくあるべしというか、教材としてもすぐれているように思う。日々に物足りなさがあってしかしそれを受け入れて諦めたくはない、という人が読むとより響くものがありそうだ。私ですら、登場人物たちの細かな議論や試行錯誤の描写にワクワクさせられて、いくらか疼いてしまったほどだ。久しぶりに外向けにもおすすめできる爽やかな小説を読んだ気がする。読後の興奮もあって、寝たのは3時だった。10時半に目が覚めた。仕方ない。シャワーをして、コンビニで朝食兼昼食とラージサイズのアイスコーヒーと、虫よけスプレーを買った。昨日のウォーキングで蚊に2箇所を刺されたのでその対策である。自宅では24時間365日アースノーマットを稼働させているから、蚊の存在を完全に忘れていた。食事を終えた昼過ぎから「順列都市/グレッグ・イーガン」を読み始めた。上巻はもう5回くらい読んでいるのだが、下巻を読み通せたことがないという不思議な状況であったので、そろそろ倒そうという気分になったのだった。硬派なSFでかなり理屈っぽく難解な文体ではあるのだが、すでに5回読んでいるほどに上巻は面白いので、今回も楽しく読んでいる。16時35分にウォーキングに出発する。天候が怪しげだったので早めに開始したが、まだ太陽は健在で非常に暑かった。この時期は17時開始は厳守するべきかもしれない。最初はひたすら日陰を辿りつつ、脳内で「魂の駆動体/神林長平」の感想をまとめるなどしていた。17時半になると照り付けも和らいで、快適に歩くことができた。18時37分に帰宅。13970歩、9.1kmだった。ぬるま湯に30分浸かって、卵2個とハム3枚のハムエッグと一掴みのブロッコリーを食べて、今に至る。ほどよく疲れている。最近は入眠が遅すぎていけないので、今晩はもう寝ることにする。
2025/07/04
2時に寝て、10時半に起きた。もう2時間くらい前倒ししたい。シャワーとコーヒーをして、朝食兼夕食に冷凍チャーハンを食べて、12時過ぎから「魂の駆動体/神林長平」の続きを読み始めた。13時ごろにメールをチェックすると、上司から連絡がきていた。来月から給与体系が変わるので説明をしたいとのこと。2往復を経て日程調整まで済ませた。少し疲れたので、13時半から14時半に気分転換に昼寝をした。第2章を読み終えたときには17時前になっていた。17時ちょうどにウォーキングを開始。今日はラジオではなく、音楽を流しながらボーナスの使い道やブログのネタについて考えていた。まず今回のボーナスはあぶく銭であるから刹那的な快楽に使いたいという大前提がある。なのでゲーミングPCを買ったり楽器を買ったりといった、新たに物事を始めるための初期投資には使わない。モノを買うとしたら、宝石とか絵とか掛軸のような装飾品になるだろう。この中だと宝石に一番惹かれるが、80万円で大したものが買えるかというと微妙である。これは調査が必要だ。衣食住の観点から考えてみる。衣、首を吊るときの正装としてとびきりのオーダーメイドスーツを作っておく。これは意外に悪くなさそうだ。減量が完了したあとのことにはなるが、それまでのモチベーションにもなる。食、気になっている店にひたすら足を運ぶ。一撃で80万円は厳しいので数を打つ必要があり、かつ一人では予約の出来ない店があるのであまり前向きではない。住、一泊で何十万もするホテルに泊まる。例えば帝国ホテルなんかは、一泊で20万円ほどを平気で使えるらしい。だがそもそも泊まって何になるのだろう。刹那的な快楽としてはやや弱いか。他、ギャンブルに使うのはどうだろう。一撃で水の泡になるというのは確かに魅力的だが、増える可能性があるというのが相応しくない。なら最低人気の単勝一点に賭けるというのはどうか。微妙。あまりに勝算の低い勝負につぎ込むというのはギャンブルの楽しみ方としては間違っているし刹那的な快楽という点で劣る。……ここまで考えたが、全体的にパッとしない。一般的な想像力の域を出ていない。もっと大喜利的な発想が必要かもしれない。体も辛くなってきたので歩くのに集中する。レクサスが赤信号への変わり際に猛スピードで突っ込んできて、そのまま細い路地に消えていった。それだけの車を所有できるのだから、しょうもない虚勢をはらないで堂々と紳士的に過ごしてほしいものだ。19時05分に帰宅。13703歩、8.9kmだった。