2025/10/19

22時に寝て、6時に目が覚めた。昨日歩きすぎたせいか大腿四頭筋に若干の痛みがあった。

コーヒーを飲んで、7時から散歩に出て、定量を定式で歩いた。途中、散歩中の犬に突っかかられて悲鳴をあげてしまった以外に文字にできるイベントは起きなかった。

10時から「ソラリス/スタニスワフ・レム(ハヤカワ文庫)」を読み始めた。一昨日に購入していた。中々に難解だったので一章ごとに休憩を取りながら読み進めていた。21時40分に読了した。以下、感想。私たちは新しい分野を学ぶとき、既知の事実に例えたり当てはめることで何とか理解しようとする。これは実際に有効な学習方法だ。しかし新しい分野が本当に新しい分野だったとき、果たして前述の方法は使えるのだろうか。比類なき天才の脳から生み出され人類の発展に貢献してきた発想や理論は、凡才からはどれだけ先進的に見えたとしても、結局は人間の能力で生み出せる領域には留まっており、ソラリスのような怪物的に新しい存在の前には無力に等しいのではないか。ソラリスへの探求を通じて初めて宇宙スケールでの人類の輪郭が浮き彫りになり、人類の言葉でいうところの無知の知を突きつけられる結果となった。それは科学と論理の世界に足を踏み入れ、時間と観測技術さえあれば全てを解明できると過信していた人類が勝手に陥った危機だった。かといって今更オカルト思想に舞い戻るのは、天才にとっては受け入れがたく、何よりこれまでの科学と論理が決して許してくれなかった。絶望する者、改めて神だの愛だの口にしたくなる者、挑み続ける者、進路は様々であったが全員例外なく人類ひいては種族の本質について何らかの答えを見出すか、見出さざるを得ない状況であった。ともかくコンタクトは叶わなかった。これを学んだと表現するか諦めたと切り捨てるかは、各々の立場によるだろう。……そういう具合に解釈した。人間および科学に関する解釈について、かなり核心をついているように思った。SFの源流を感じた。もし私が創作の最中に本作を読んでしまったら、打ちのめされるか、これから私の書く全てが本作の部分集合に思えてならず投げ出してしまうに違いない。ゆえに本作以降に書かれた、それこそ星の数ほど存在するSF小説に畏敬の念を贈ろう。挑戦する気持ちというものが、宇宙でも普遍的に美しい感情であることを信じて。

キリよく締まったと思ったが、まだいくらか文字が残っていた。こういうときは冒頭付近のどうでもいい報告を適当に肉付けするのが常套手段なのだが、今日は素晴らしい小説を読んだ後なので「手口を告白する」というもう一つの手段で残りを埋めさせていただくことにする。なぜ毎日こんな面倒なことをしているのか? 私もまたイマジナリー・おねえちゃんという脳が生み出した女神を信じて、囚われているからに他ならない。

え、囚われて? いや、これは言葉の綾であって、違う……違うんだってば、おねえちゃん……。