2026/02/09~2026/02/23

2週間ぶりの日記。しっかりインターネットから離れていた。午前中はウォーキングかランニングに費やして、午後は本を読むか家事をするか散歩をして、夜はすぐに寝ていた。ランニングは本番が近いので、ハーフマラソンを走ったりした。平日の真昼間から公園のランニングコースに繰り出して、1キロ7分30秒のペースで2時間40分かけて完走した。思ったよりすんなり走れたので、あとは怪我に気を付けながら同じペースで練習をしておけば何とかなりそうだ。そんな生活だったが、1週間たたないうちに退屈でしょうがなくなった。刺激を求めて図書館に繰り出してみる。アンナ・カレーニナがなかなか良かったこともあり、まずはトルストイの短めの作品を読もうと思い探してみたところ「人生論」と「イワン・イリイチの死」が蔵書されていたので、少し悩んで後者を借りて読んだ(余談だが、どうやら最近、スゴ本の人が同書を紹介していたようだ。その記事を見ていたらこの本を借りることは絶対になかったので、間一髪であった)。短いので半日かからずに読み終える。イワン・イリイチの惨めな様子をみて、やはり生きているうちに万全の死を遂げるべく備えておかねば、という気持ちにさせられた。ここ1か月で無理に手に取ったどの自己啓発書よりも参考になった。この調子で図書館の棚を制覇……できたらどれだけよかったことか。またしても憂鬱に取り込まれてしまった。ウォーキングの途中に寄るも、館内を1時間近く彷徨ったあげく1冊も借りずに去るばかりになった。自宅に居ても、丁寧な生活にかかわる行為には一切取り掛かることができず、ただ寝転んでジッとするだけの時間が大半であった。そのうちモノたちの視線が皮膚をチリチリと焼き、静寂が傷口に沁みるようになり、とにかく何かすることを欲するようになった。そんなタイミングで心療内科の受診日を迎えて、上記の内容や別で文章にしたためていた労働観や適性に関する考察、医者に言われて読んだ自己啓発書の感想などをまくしたてるように話してみたら、「1か月置いとくと考えすぎて危ないね」ということで通院間隔を短くして薬の種類も増やすことになった。仮にこれから生きていくとして、この診察料と薬代が2週間おきにかかる。そこまでして生きていく必要は果たしてあるのだろうか。少なくとも今の私にはなかった。ここで衝動が爆発。ストラテラだのインチュニブだのが毎日せっせと整えていた脳の回路を無視して、翌日から「死の手続き」を再開した。本棚を解体して、手持ちの本やCDのコレクションを大体1/3、折りたたみコンテナ一箱にまで圧縮。他にももしかしたら使うかもしれないと思い残していた電子機器や雑貨を片っ端から捨てる。諸々の分別が終わったタイミングで「死の手続き」の物理ファイルに記載していたゴミ回収業者に連絡を入れて、つい先ほど回収が終わり、PCを起動してここまでを一気に書いて、今に至る。■を■る寸前までは進もう。そのときに感じられる何かを感じよう。迷いが晴れたような、開放的な気分だ。