2025/11/15

23時に寝て、10時に起き上がった。アラームの5時45分にいちど目が覚めたが、まだ眠かったので二度寝をした。起きて5分くらいで鼻がむず痒くなってくる。まだ収まらないのか。こんな脆弱な身体で海外に行ったら死んでしまうのではないか。

シャワーを浴びてコーヒーを飲んで、予定を練るためにカレンダーを確認して、今日が土曜日と知った。曜日感覚はもう3カ月くらい前から無い。土曜日ということで、わずかにあった街に出る可能性も消失した。今インフルエンザを貰ってしまったら一大事だ。リモートワーカー期間に一度も罹らなかった経験からいって、外に出ないのが一番の予防である。

昼過ぎ、しぶしぶ「はじめてのアラビア語」を読み始める。文化、基本の挨拶、文法、文字……何も頭に入ってこない。1時間で本を放り投げ、横になって天井を眺めていた。先日掃除をしたばかりのシーリングライトに早くも羽虫の影があった。私が情けない午後を過ごすたびに死骸が増えると思うと、これは私の罪なのではないかと思わされてしまう。布団の横、デスクの足元で沈黙している中身の詰まったスーツケースもまた、勉強を怠っている私をじっと責めているように感じて、非常に気まずい。そんな午後を過ごした。

そのまま日は暮れ、歩く気にもなれず、ハイプナイト3mgを10錠飲んで今に至る。最近は少なくとも5錠は飲まないと効かないので、3カ月に1回だった個人輸入の頻度が月1になっている。月8000円のサブスクリプションサービスに加入しているようなものだ。今回の旅行準備と合わせたらすでに100万円くらいは浪費出来ているだろう。「死の手続き」には全財産を使い切って計画を遂行する必要があるから、いいペースではある。

社会という地平線から隠れてもなお、落日は留まるところを知らない。一連の私の症状がドーパミンの分泌能力の欠陥であると診断された以上、この停滞もまたドーパミンの分泌が関わっているはずだ。毎日歩いているし、日光も浴びている。栄養にも気を配るようになったし、嫌いな労働もしていない。分泌されて然るべき環境でもこうなってしまう現状に陥った今は流石に納得せざるを得ない。来月の診断ではコンサータを処方してもらうことにしよう。「死の手続き」には着実な事務作業が必要になる時が来るので、薬でそれが出来るなら受け入れよう。それにこれ以上躁鬱に翻弄されて、いくら医師の処方とはいえ海外旅行のようなサブタスクをぶち上げては苦しむ不毛なサイクルから手を引きたい。